美術から舞踏へ

広島市現代美術館で開催の「池田満寿夫 知られざる全貌」展の関連イベントとして慶応義塾大学アート・センター「土方巽アーカイヴ」の森下隆氏の講演を聴く。池田満寿夫土方巽はいつどのように会ったのだろうか?土方の舞踏はどのようにして作られたのか?60年代舞台美術をきっかけにチラシやチケットのデザインを制作してゆく池田満寿夫
土方を伝える山形でのインスタレーションや残された映像を使った判りやすい解説だった。4000もあると言われる名前のついた舞踏の型、ネーミングのうまさ。衰弱する肉体、即身仏=ミイラは空海の思想で、土方は自らの肉体で大衆を救う思想を舞踏で表現しようとした。表現主義から実存へ。
「神経を使って踊りを作れ!」